林俊範先生所蔵・マクドナルドの記念品

マクドナルド創業者レイ・クロックはマクドナルドで働くマックファミリーをとても大切にしたという。様々なコンテストや催しが開催され数々の記念品が贈呈された。現場で働く人たち全員にスポットが当たるように工夫されている。

記念品をもらった人は生涯大切に持っているという。林俊範先生もマクドナルド時代の記念品やグッズを晩年まで大切に保管されていた。それをピープル・ビジネス・スクール創立に当たり寄贈してくださった。その際、一つひとつの記念品についてのエピソードを嬉しそうに語ってくれた。

 

1982年 サンフランシスコで開催された「オーナー・オペレーターコンベンション」で進呈されたレイ・クロックのトレイ。会場には世界中のマクドナルド・オーナーが集まる。開催地の駅には横断幕が張られ、会場までの道には歓迎の装飾が延々と続き、町中がマクドナルドのお祭りのようであったと言う。トレイの右下には、日本の風景も見られる。

店の清潔さを競う「クレンリネスコンテスト」の受賞トロフィー。アメリカ・ハンバーガー大学で開催されたQ.S.Cセミナーでクレンリネスレベルの高い優秀なSVに手渡されたもの。

清潔感あふれるクリスタル調のトロフィー。
描かれているスタッフは、かがんでマニュアルを見ながら真剣に取り組んでいる。手にはモップを持ち、傍らにバケツ。時計は午前1時50分を指している。営業時間外の深夜の清掃もイベントのように楽しく行われたという。

アメリカ・ハンバーガー大学の「SVコース」でプレゼントされた灰皿イリノイ州 シカゴンにあるマクドナルド本社ビルが描かれている

アメリカ・マクドナルド30周年感謝祭の記念品。ハンバーガーの形をしたクリスタル調の置物。中にはゴールデンアーチが入っており、「30YEARS・THANKS」と書かれている。

1972年に林俊範が、日本人として初めてアメリカのハンバーガー大学に学んだ際の卒業証書。右側は2代目社長のフレッド・ターナーが本来の証書に加えて、わざわざ漢字で書かせて用意したもの。

1970年代、サンフランシスコにある日本マクドナルドのトレーニング店舗で林俊範先生が研修した時のマネジャー・ネームバッチ(アメリカ)。マクドナルドで働く人のネーム・プレートにはランクが記載されている。ネームバッジは働く人のモチベーションを上げる重要なツールとされている。

1972年に日本マクドナルド創業者・藤田田氏から林俊範先生に送られたサイン入りの著書「ユダヤの商法」。「奔騰する民族の英知を以てユダヤ商法を超克せん」と書かれている。

日本マクドナルド入社10年目に藤田田氏から与えられたネクタイピン。「藤田商店」で作成され藤田田社長より直接プレゼントされる。一流を好んだ藤田田氏が作った社章にはダイヤが散りばめられていたという。

 

林俊範先生が色紙を用意して書いてもらった藤田田氏の色紙。
藤田田は退職を申し出た社員は引き留めることなく色紙などを書いて温かく送り出したという。藤田氏は退職後も社員だった人を可愛がり交流を深めた。元社員もいつまでも藤田を慕ったという。林先生も藤田氏の思い出をいつも楽しそうに語っていた。

ミートを焼くときに使うコテをかたどった記念品。マクドナルドでは社長が現場で1日中オペレーションを体験する「レイバーディ」がある。藤田田社長もマクドナルド吉祥寺サンロード店にレイバーディに行った。その時に林俊範がミートの焼き方を教えてプレゼントされたもの。

1978年 マクドナルド5000号店の記念品。江ノ島店は全世界で5000番目の店としてオープンした。

1986年 林俊範が日本マクドナルドを退職した際に送られたゴールデンハットの盾。ゴールデンハットは真のリーダーの象徴。盾の中には「首将、常に全軍の先頭に在り(Leaders are always in front)の精神をもって、店舗運営の礎を築かれた林俊範さんへ。15年間の感謝をこめて・・・」と書かれている

盾の裏には、その時のマックファミリー(一緒に働く同志)の手書きのメッセージがぎっしりと書かれている。

マクドナルド2代目社長フレッド・ターナーの腹心ジョン・アサハラから林俊範に送られた退職時の色紙。激務だった部下・林俊範を気遣い「ハヤシサン。働きすぎるんじゃないよ! 君には休憩が必要です! RENO(リノ)で会いましょう」と書かれている。徹夜も当たり前の激務の中で「働いたら必ず休め」はマクドナルドの文化でもあるという。

「エリアスーパーバイザーコース」修了証。写真はマクドナルド第1号店 跡地見学。

日本マクドナルドを指導したジョンアサハラ氏と林俊範先生。アサハラ氏は林先生のトレーナー(教育係)として常にマンツーマンでトレーニングしてくれたという。

林俊範はいつも言っていた。「私はアメリカマクドナルドに育てられた。ジョンアサハラ氏との出会いがなかったら、今の自分はいない。トレーニングを受けた1年間は奇跡のような日々であった。包み込むような優しさで導いてくれました。」

入社5年後、「100号店達成パーティー」で藤田田氏から送られた表彰状。藤田氏の独特の文章が士気を高揚する。

林俊範先生は我々がピープル・ビジネス・スクールを立ち上げる際に、生涯大切に保管すべきこれらの記念品を寄贈してくれた。この品々が働く社員に対して感謝と称賛を形としてどのように表せばいいのかを教えてくれる。

ピープル・ビジネス・スクール 中園 徹