職人になるために修業は必要なのか

先日、ある経営者の方から3か月間で技術を身につけた職人さんが握る鮨屋「千陽」に連れていっていただいた。この店はミシュランガイドにも掲載されているという。

寿司職人の世界では「飯炊き3年握り8年」と言われている。10年以上の修業は当り前の世界なのだ。それを千陽では3か月でマスターした人が寿司を握っている。「飲食人大学」という学校で実技講習を受講しているとのこと。

「千陽」の職人さんは何年も修行をしていないわけだが、十分に美味しく楽しい時間を過ごさせてもらった。確かに一流の鮨屋さんと同じかと言われると微妙であるが、目隠しをされても味の違いを断定できる人はそれぐらいいるだろうか。

我々の鮨を握ってくれたのはスイス人ハーフの職人さんだった。「いつ職人になろうと思ったのですか?」と問うと、「一年前に鮨を握ってみたいと思いました」と言う。たった一年前に寿司職人になろうと思い立ち、すでにお客の前で握っていることには驚く。でも彼らは本当の職人と言えるのだろうか

職人の定義は明確ではないが、調べてみると「身につけた技能を活かして職業とする人」といった記述が多い。どこにも長年修業した人とは書いていない。

3か月であっても技術を活かしてお客様からお金をいただいている点や、8席のカウンターはほぼ満員になっている点から見ると立派な職人さんだと思った。大事なことは修業年数ではなく、お客様からお金をいただけるかどうかだ。

そもそも、本当に長年の修業が必要なのだろうか。

私自身も整骨院業界に身を投じて8年間下積みを経験した。そこで感じたことは、修業とは労使双方を通じて確立された仕組みのようなものだということだった。

一般的に修業とは徒弟制度に見られる。師匠は弟子に手本を示して技能を教える。弟子は教育の代償として労働力によって奉仕する。師匠は教える代わりに、比較的ローコストで長時間の労働力を安定して確保できる。つまり教育費の発生しないギブアンドテイクの完全なるシステムなのだ。だから背中を見せながら数年かけてじっくり取り組んだ方がいい。

このシステムは職人と言われる世界だけでなく、様々な業界人に聞くと、医師や弁護士、税理士や設計士といった世界にも見られるようだ。

もうひとつ長年の修業が必要な理由がある。それは職人の世界に明確な教育プログラムがないことだ。教育プログラムがあれば、短期間で職人を育成することは可能かもしれない。しかし、逆に短期で技能を身につけられると、すぐに独立されるデメリットもある。だからあえて作られないのかもしれない。

鮨屋「千陽」の人たちが学んだ「飲食人大学」の教育プログラムは、基礎実習から始まり応用実習、実践学習という3か月のコースになっており、心構えや包丁の研ぎ方から始まり、市場における鮮魚の買い付けで終わる。費用は税別で780,000円となっている。

今までは、数年間の修業でしか身につけることができなかった技能が、職人として必要な部分を抽出して3か月間でマスターさせるサービスが登場したのだ。これはチェーン企業が、費用を投じて技術職を短期育成するトレーニング(訓練)の考え方に似ている。時間短縮を考えれば78万円は決して高くはないだろう。

職人になるために修業は必要なのか。

どんな職人の世界でも技能を修得するためのトレーニングは必要だ。しかし、数年間かけて修業することは必要ないのかもしれない。

ピープル・ビジネス・スクール 中園 徹