マクドナルド世界最古の店に見るレイ・クロックの経営哲学

ロサンゼルス郊外ダウニーにあるマクドナルド世界最古の店を見る機会があった。1950年代にマクドナルド兄弟が作った店そのままの形が残っていた。

マクドナルド店舗のトレードマークであるゴールデンアーチの原型と、初期のイメージキャラクター「スピーディー君」はいまだに健在であった。レイ・クロックがマクドナルド兄弟の店に出会った時のように、今も作業着姿の人たちが仕事の合間にハンバーガーを買う姿は感動的である。

通常であれば、創業時の店は記念館のように保存されるのが一般的だが、マクドナルド最古の店は当時の姿を残しつつ、現在と同じクオリティのハンバーガーを提供していた。白い制服の少年が手早く掃除をする光景もあり、創業時にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えた。

マクドナルド創業者はレイ・クロックと言われているが、ファストフードの原型を作り上げたのはマクドナルド兄弟である。その後、フランチャイズ経営権を巡ってクロックとマクドナルド兄弟は激しい争いとなり、結果的に勝ったのはクロックだった。

経営権で争った相手の名前や店舗運営をそのまま残す経営者はどれぐらいいるだろうか。大抵は新しい名前をつけて、自分の気に入った運営方法に改善するに違いない。しかし、クロックのすごいところは、マクドナルド兄弟の成功事例をそのまま踏襲して60年以上たった今も店を現存させて経営している継続力だ。

クロックから学ぶべき点は、自分の感情に任せず成功法則をひたすら忠実に守る行動基準にあると言える。法則を重視するクロックの経営哲学はどのように形成されたのであろうか。

幸運なことにアメリカから帰国する飛行機の中で日本公開前のレイ・クロックを描いた映画「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」を観ることができた。数日前ロサンゼルスで見学したタイプの店が映画の中にも登場しており不思議な感じがした。その映画の中にクロックの経営哲学を知るヒントがあった。

「ファウンダー」に出てくるクロックは決してヒーローではない。セールスマンとして苦戦している中、マクドナルド兄弟が築き上げた店と出会いフランチャイズ権を獲得するまでの人間模様がリアルに描かれている。

映画の注目点はマクドナルド兄弟の経営改革「リエンジニアリング(Re-engineering)」だ。いかに兄弟が普通のドライブイン・レストランをファストフードに変革したかが忠実に再現されている。これは現代にも通じる経営のヒントになるのではないだろうか。

もちろんマクドナルドを全世界に広めたレイ・クロックの手腕は素晴らしいが、ビジネスモデルの原型を作ったマクドナルド兄弟の功績ももっと評価されるべきではないかと思う。

その映画の冒頭でクロックの経営哲学のヒントとなるシーンがあった。マクドナルドを始める前のクロックは、自分の車でミルクシェイクのミキサーを売るために全米を飛び回るセールスマンだ。だが、売れ行きは思わしくなく、疲れ果てて帰ったホテルの部屋であるレコードを聴いていた。それは音楽ではなく、積極的な思考を身につける自己啓発のメッセージだった。

映画評論家の町山智浩氏によるとクロックが聞いていたのは、ノーマン・ヴィンセント・ピールという牧師によるメッセージで、全世界2000万部のベストセラーとなる「ザ・パワーオブ・ポジティブシンキング」とのこと。日本訳でも読むことができる。

【新訳】「積極的考え方の力~成功と幸福を手にする17の原則」ノーマン・ヴィンセント・ピール (著), 月沢 李歌子 (翻訳) ダイヤモンド社刊

私も早速読んでみた。林俊範先生は常々「レイ・クロックの作った仕組みには聖書の教えが入っている」と言われていたが、今まで明快な理由はわからなかった。

なぜ52歳までセールスマンだったクロックは、あきらめることなくチャンスを追い求めたのか。激情的な彼がどんな困難に直面しても、感情に任せず冷静に判断してビジネスを発展させることができたのはなぜか。その理由が本を読んで少しだけ理解できた。

レイ・クロックは極度に不正を嫌い、愚直なまでに正しい経営を追い求めた。誰に対しても平等に接して評価した。どこからそんな考え方が生まれたのか疑問だったが、答えは本の中にあった。レイ・クロックの経営哲学に触れる意味でも一読の価値がある一冊である。

 中園 徹