中小企業の経営者にとって従業員を育てることは最大のテーマだろう。では、どれぐらいの経営者が従業員の育て方を知っているのだろうか。
私はまったく人を育てることなど考えずに独立起業した。それまでのサラリーマン生活や修業時代に自分自身が経験した社員教育しか知らない。どちらかというと体育会系の人材育成だった。それをそのまま従業員に当てはめていくと、ほとんどの人が辞めていった。
一体、どうやって従業員に仕事を教えたらいいのか途方に暮れた時に、日本マクドナルドの仕組みを作り上げた林俊範先生に出会った。そこで自分の勘違いに衝撃を受けた。
マクドナルドでは仕事を教える時に「教育」という言葉は使わない。「トレーニング」という言葉を使っていた。何が違うのだろうか。
林先生のマニュアルには次のように書かれていた。
「トレーニングとは、あなたのもとで働く人が、現在仕事をしている状態と、あなたが期待している仕事のレベルとのギャップがあるときに、あなたの期待しているレベルまでもってくる教育指導法のことです。」
「また、トレーニングは、できないことをできるようにする1つの方法であり、できないことをできるようにすることが、能力の向上であり、人財育成であるということです。」
確かに新人の仕事のやり方は、経営者がイメージする仕事とは大きなギャップがある。そのギャップを埋めるために「技を盗め!」「もっとやる気を出せ!」と士気を高揚させることが社員教育だと私は思っていた。ただ、その方法だと新人を期待レベルまでもっていくには何年もかかってしまう。マニュアルには次のような注意点が書かれていた。
「人格・性格というのはすぐに変えることができませんが、行動そのものは変えることは可能です。それを実現するのがトレーニングなのです。」
新人の「意識を変える」ことが育成だと思っていたが大まちがいだった。私の中には「行動そのものを変える」という考え方は全くなかった。では、どのすれば行動を変えられるのだろうか。林先生の「トレーニングマニュアル」には以下の図式がある。
*SKILL TRANSFER:技能移転 *KNOWLEDGE TRANSFER:知識移転 *O.T.C:(オペレーション・トレーニング・チェックリスト)個人ごとに渡すオペレーションマニュアルのこと
「トレーニング」とは技能を教える「訓 練」あり、知識を教える「教 育」とは根本的に違うということを知った。
人財育成の基礎は「トレーニング」であり、「教育」ではなく「訓練」にあたる。学校形式で行なう教育は知識中心であるが、仕事で必要なのは実務である。私は従業員に対して教育中心で行なっていることが、育成が進まなかった理由だと気付いた。日本は「社員教育」という表現を使うので、学校形式のOFF.J.T(オフザジョブトレーニング····· 現場から離れた理論訓練)が多くなってしまうと林先生は言われていた。
ちなみに中国では社員に対して「社員教育」と言ったら侮辱的な言葉になるそうだ。漢字の通り「教えて育てる」は大人が子供に対して行なうことであり、社員は「私は子供じゃない。学校は卒業しています。あなたに今さら教育されたくない」と怒るという。「トレーニングなら受けますけれども、教育ならば私のことを未熟と見なし、子ども扱いするのと一緒です。それは侮辱です。」と言うことになるそうだ。(宋文洲氏談)
やっぱり社員教育ではなく、トレーニングなのだ。では、そのトレーニングはどのように行なうのか?
林先生のマニュアルには、実にシンプルな方法が書かれている。
トレーニングの基本的な進め方は4つのステップに分かれている。
<ステップ1:準備>
まず教える側が、トレーニングに必要なものを準備する(1.計画2.ツール3.場所4.筆記用具)。ツールとは手順が書かれたマニュアルのことだ。さらに今回教えるポイントを決めて、トレーニングを受ける人に対して、まず必要な知識を習得させる。
<ステップ2:提示>
仕事の手順が書かれたツールに基づき、トレーナー(教育する人)が説明をする。次に実際にやって見せて模範を示したりして、具体的に説明する。
<ステップ3:実行>
トレーナーのフォローできる状況の中で、ツールに従って実行させる。
<ステップ4:フォロー>
新人が実行した内容について、良い点、悪い点を伝える。どのようにすれば本人がレベルアップできるかを具体的に伝えて、モチベーションを与える。
このトレーニング4ステップを知ってから、仕事の修得期間は飛躍的に短縮された。それまで1年間はかかっていた育成期間が3カ月となり、マニュアル・ツールの完成度が上がると1カ月になったこともあった。
マニュアルは簡単に書かれているが、4つのステップを順番通りに行なわなければ絶対にうまくいかない。もし現場の育成が思うように進まなければ、ステップのどれかが抜けている可能性が高い。
大事なことはステップ4で必ず良い点から伝える事。私などは、つい悪い点が目について指摘ばかりしてしまう。すると教わる側は委縮して、修得が進まないどころかモチベーションまで落ちてしまう。
ステップはもちろんのこと。マニュアルの一語一句まで忠実に行なうことが大切なのだ。どちらかというと、教えられる側よりも、教える側に行動修正が求められる。
林先生は
「トレーニングでは、教わる人よりも教える人の方が成長します。だから育てたい人には、ドンドンとトレーニングをさせてください」
と言われていた。トレーニングこそが「経営者育成」なのかも知れない。
中園 徹