1994年。夢と希望に膨らんで整骨院を個人開業した。3ヶ月ほど経って治療家のアシスタントも採用することになった。求人誌に「将来整骨院で独立を目指す方募集!」と出した。するとメガネをかけた利口そうな若い青年が来た。名前は今も忘れないT君。即採用した期待の新人だった。
当時はタイムレコーダーもなかったので、手書きのタイムカード。ほぼ定時に入って定時に終わる形で、毎日同じ時間を書いていた。自分が整骨院の丁稚奉公時代はタイムカードもなく低賃金の月額制。修行の世界はそんなもんだろうと思っていた。だが世の中の常識は違っていた。
T君が入って2ヶ月ぐらい経った時、神妙な顔でちょっと話がありますと言ってきた。誰もいない小さな待合室で話を聞いた。「タイムカードについてお聞きしたいのですが。毎日同じ時間が記入されています。これはおかしいですよね!」
この質問には返す言葉がなかった。彼の言う事は正しかった。頭の中は真っ白になり、何と返答したかは覚えていないが、「整骨院業界で修行する人はこれが普通なんだよ」みたいなことを言ったかもしれない。すると彼はきっぱりと一言「やめさせていただきます!」その言葉だけが頭の中に残った。初めて人を雇って辞められた。瞬間だった。やめられることが、こんなにショックだとも思わなかった。30年経った今でも忘れない。
タイムカードの作り方一つで、大切な人材を失ってしまう。身をもってわかった。では、これから雇う人はどうすればいいのか?
僕は、サラリーマン時代も修業時代もタイムカードで勤務した経験がない。結局、その後のアシスタントは、自分の修業時代と同じく、月額定額制(低賃金)の丁稚の人だけを雇った。しかし、そんな人はすぐに辞めていく。
タイムカードの使いかたを正式に習ったのは、それから六年後。ピープル・ビジネス・スクールの林俊範先生に出会ってからだった。マクドナルド方式のピープルビジネスで採用したパートアルバイトの人は、現場に出す前に、1時間ほどの「オリエンテーション(事前教育)」を行う。
職場のルールをまとめた「ハウスルールブック」なるものを使い、挨拶の仕方や出退勤のやり方、タイムカード押すタイミングや打刻ミスがあった場合の報告の仕方などを教える。
タイムカードは1分単位で打刻するのが原則。切り上げ切り捨てはしない。出勤時間と退勤時間は、あらかじめ決められているが。超過する場合は。上司に相談し、双方が納得の上で退勤時間を決める。また定時で上がらなければいけない時には、上司に一言添えて退勤する。そんな当たり前のことを僕はまったく知らなかった。
当然、前の職場とタイムカードのルールが違う人もいるが、そこではオリエンテーションで質疑応答して、お互いに納得した上で、雇用契約書にサインしてもらう。たったこれだけのことをするだけで、タイムカードで退職する人はなくなった。知らないということは恐ろしい。だが、解決法はシンプルだと思った。
失敗の教訓「タイムカードのルールは入社時に伝える」
ピープルビジネススクール 中園 徹